最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)1244号 判決
上告人(原告) 龍前与一郎 外六名
被上告人(被告) 埼玉県選挙管理委員会
一、主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人等の負担とする。
二、理 由
上告代理人弁護士佐瀬昌三上告理由第一点について。
公職選挙法にいわゆる投票所とは投票を投函するために設けられた施設の場所を指すものと解すべきこと原判決の判示するとおりである。しかし、同法五三条の趣旨は、要するに、定刻までに投票所に到着した者には投票せしめ、その後に到着した者には投票させない趣旨であるから、同条で「投票所の入口を鎖し」とあるのも、厳格に右の意味の投票所の入口を鎖さなければならない趣旨ではない。原判決が違法としたのは、本件第五投票所に定刻までに到着し投票できる者と、遅れて到着し投票のできない者とを区別する何等の措置も講ぜられずために投票できない者まで投票をした事実である。原判決中、西側及北側の門を閉鎖しなかつたことに言及しているのは、右の門が同法五三条の投票所の入口であると解したのではなく、右の投票できる者とできない者とを区分する一つの方法として述べ、このような措置も講ぜられなかつた事実を判示したものと解せられるのであつて、原判決に所論のような理由齟齬はない。
論旨はまた、同法四〇条の投票所開閉時間の規定を訓示的規定であると主張するのであるが、前記同法五三条等とあわせ考えれば、所論のように解することはできない。論旨は東京高等裁判所の昭和二四年一一月二一日の判決を引用するけれども、右判決の判示は「結果に異動を及ぼす虞」があるかないかについての判示であつて、投票所を法定時刻より遅く開くことを違法でないとしているのではない。その他原判決の確定する事実によれば、原判決が本件選挙を無効と判示したのは至当であつて、論旨はすべて理由がない。
以上説明のほか論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人弁護士佐瀬昌三の上告理由
第一点 原審判決は公職選挙法第四十条及び第五十三条の解釈と適用とを誤り、且つ理由齟齬の違法がある。
即ち本件熊ケ谷市東小学校内第五投票所が定刻の午後六時に閉じられたのか何うかの争点について、原審裁判は左の二点で右法条を誤解している。
(一) 投票所と投票所を閉じるという意味について。
原審判決が一方投票所の意義に関し「投票所とは投票紙を投函するために設けられた施設の場所をいい、」学校や役場の「舎屋の全部、それを囲む庭園」は含まず、従つて舎屋の入口、門柱等に投票所と表示してあつても「構内全部を投票所とはいい難い」と判示されながら、他方定刻に投票所を閉じる意義に関し、当日午後五時四十三分頃偶々驟雨があり、選挙人が投票所及び校舎内に雪崩れ込んだ事、その頃サイレンを鳴らされ正門に繩を張つた事については争がないが、右定刻に同校の「西側及び北側の各裏門をも閉鎖し、右時刻後に外部から校内に入る事のできないやう措置を講ずべき筋合であるに拘らず、之等に繩を張り或は係員を配置する等の方法が採られた証拠はない」と判示したことは、前記法条に謂う投票所と之を閉じることの意味を誤解し、しかく理由齟齬の違法を犯したものと断ぜざるを得ない。
そもそも公職選挙法上、投票所なる観念は各その規定の趣旨に立脚し目的論的概念構成にまつべきであつて、本件の場合原審判決が右前段において投票所とは投函場所なりと限定したのは狭きに失する反面、右後段において構内への出入を抑止する措置をせねば投票所を閉じたことにならないとするのは広きに失する。
思うに、ここに所謂投票所とは、投票に関する諸施設のある場所と之に不可分的且つ必要的なものとして監理された一定の地域を含むものと解すべく、本件についていえば原審判決が右狭い解釈を自ら補正するため定刻において選挙人が投票所に収容し切れないとか、入口から列を為して居る等の場合は社会通念上、同法第五十三条に所謂「投票所にある選挙人」というに差支ないとされているところの投函場所に接着し選挙人が行列などして待機している地域が正に之に該当するところとなる。
ただ右に附言した如く、それはしかく投票に不可分的、必要的なものとして監理された所なることを要するが、その監理の方法程度は、各場合に応じ社会力を背景として相当な措置がなされることを以つて必要且つ十分と解すべきである。
従つて本件においては弁論の全趣旨に明であり、且つ原審判決上も認められた如く、当日午後五時四十三分頃驟雨のため選挙人が雪崩れ込んだので、係員が先頭に立ちこれを嚮導して入口前に正門に向つて整列させ、且つ午後六時頃サイレンを鳴らし、それ以後来る選挙人の入場を阻み正門入口に繩を張り、且つそこへ直に要求して熊谷警察署員数名を配置しその後の行列参加を拒み、現に原審判決の摘示中、証人中村美津江等の証言で明にされた如く、定刻後到来のため投票を拒否された者が相当数あつた事実等を綜合すれば、当時の状況としては該投票所も社会通念上適度に監理され定刻に閉じられたものと解すべく、これに反し物理的乃至数理的にのみ判断せる原審判決は到底承服することが出来ない。
(二) 仮りに午後六時に投票所が閉じられなかつたとしてその場合の法的効果について。
仮りに百歩を譲り当時第五投票所が定刻に閉じられず、被告主張の如く若干遅参した選挙人六名かの投票があつたとしても、これを以て直に当該選挙無効の原因たる違法となるものではない。けだし前記定刻制を規定した法第四十条の性格は、原則として投票所の開所を午前七時、閉鎖を午後六時とする旨の基準を示した所謂訓示規定と解すべきである。然るに原判決はこれを強行規定と誤解し「午後六時以後に到着し投票した選挙人もあることを認め得るから、右は正に右選挙の規定に背反し違法たるを免れない」と判示したのは正に独断といはざるを得ない。
現に原審東京高等裁判所は、別件の開所の定刻に関して「法定時刻より約二十分遅れても、そのために投票を断念した者が認められない場合は、選挙の結果に影響を及ぼす虞れある違法に当らない」と判決している。(昭和二十四年十一月二十一日東京高等裁判所、選挙制度研究会編「選挙関係実例判例集追録」第四十六頁参照)
況んや本件の場合は投票時刻の短縮でなく、むしろ延長であつて、何等選挙権の行使を制限したものではない。
加之右法第五十三条第二項は投票の抑止に関し、何人も投票函の閉鎖後は投票することを得ずとなし、投票を閉じたる後とはしていない。これは実際問題として一応投票所を閉じた後でも別に詐術、脅迫等不正の手段によらず投票所に入りたる者が、なお投票函の閉鎖前には投票し得ることを容認するものであつて、原審判決は全く前記裁判例と右法条の精神に牴触する違法ありというべきである。
第二点 原審判決は重大な審理不尽若は判断遺脱の違法がある。
原審判決の事実摘示にもある如く、原告の主張たる「従つて万一仮に被告の認定したように午後六時以後投票所に到着した選挙人が投票したとしても、受付入場者数、投票者数とは全く一致し何等の不正投票は存しないのであるから、右はただに選挙権行使の制限がなかつたことを示す許りでなく、その間毫も選挙の自由と公正とを疑わせる事跡もないことを証するものであつて、選挙の結果に影響を及ぼすような違法は全然存しなかつた」という点は、本件投票所の受理執行上選挙の自由と公正が害せられ、選挙法規の精神に反したか否かを決定する上に判断せねばならない重大な争点である。
元来本件選挙において受付入場者数と投票者数とが完全に一致し、一票の不正投票も有しなかつたという厳然たる事実は、本件異議審たる熊ケ谷市選挙管理委員会において、また本件訴願審たる埼玉県選挙管理委員会においても確認され、現に本件弁論の全趣旨を通じて明白なところである。
而して法的に云うならば、選挙の自由と公正が害せられたか何うかは、全体としてその投票所において選挙秩序がよく保持されたか否かに決し、しかして選挙秩序の保持如何は受付入場者数と投票者数との一致、不一致において端的に表徴されるのである。
然るに原審判決が次に述べる如く、単にこれを棄権率の高低に求めるに止り、右重要な争点について意を用いなかつたのは、審理不尽か判断遺脱の違法ありと云うべきである。
第三点 原審判決は「選挙法規の精神」を曲解し理由齟齬の違法がある。
即ち原判決は乙第一号証に基き第五投票所の棄権が一五・五パーセントに達し著しく高率であるとし、これは特種事情とし同投票所が常に多数列をなし投票迄に長時間を要し、驟雨で混乱状態発生前後には該投票所に居り乍ら投票せず、或は引返したまま出直さずに多数の者が棄権し、或は再度投票所附近迄来て定刻後なるため拒否され投票し得なかつたためであることが推測されるとし、而も外にかく棄権率を高める特種事情がなければ右は選挙管理者において受附所増加等適当の措置を講じなかつたのが原因であると推測されるとし、結局右管理の失当が選挙の自由と公正を阻害し、選挙法規の精神に反し違法であると判示するところである。
しかし、かように推測から推測で一の結論を出すことが論理上、又実際上如何に危険であるかは云うまでもない。ことにこれは棄権率一五・五パーセントが高率であるとの仮設から出発しているが、裁判所においても顕著な事実として社会一般が経験する棄権率からすれば決して高率ではない。
かく原審判決はその前提において誤判であるばかりでなく、根本的に云つて前記の如く一方では定刻以後に到着し乍ら投票した者が相当あるから午後六時に投票所が閉じられたといい得ないとし、他方ではかく投票を拒否されたりして棄権率が高いから選挙管理が失当であるなどと漫然相矛盾した判断を併列させている。
この点で原審判決はその理由齟齬のそしりを免れないと共に結局これは選挙に関する法規の精神を曲解し、前述の如く果して根本的に選挙秩序が紊乱されたか何うかに解決を求めずして、ただ選挙の自由と公正を害したとする選挙管理の失当を強いて抽出せんとした違法の裁判たる結果に外ならない。
以上の諸理由により原審判決は破棄さるべきものと確信する次第である。 以上